ザイオン ムーンライトバットレス

ヨセミテでのビックウォールフリーを目的に出発した2013年アメリカツアーであったが、シャットダウンによる国立公園の閉鎖でお預けに。ユタのインディアンクリークでのジャミング三昧を経て、マルチの岩場として大人気のザイオン国立公園へ向かった。

ザイオン国立公園 砂岩の大岩壁
 

ザイオン「ムーンライトバットレス5.12d
12P 360
m」 岡田、ジャンボ横山、佐藤

画面右寄りの顕著なカンテラインがルート

 ムーンライトバットレスは、ザイオンを象徴するビックルート。非常に傾斜の強い1200feet。全12Pのルート後半は5.11d12d12a12a12b12aと続きトポを見ているだけでゲップが出てきそうな充実ぶりだ。昨日、谷底から見上げるムーンライトバットレスは、青空向けて美しいクラックがどこまでも伸び上がっていた。僕らが何処までこのルートに通用するのか、とても楽しみである。

月明かりに浮かび上がるムーンライトバットレスを前に、裸足になって徒渉から1日が始まる。低温と徒渉によって手足の感覚がイマイチのまま登りだすと5.10程度なのにかなり悪く感じ気が抜けない。2ピッチ登ると、ポーターレッジで睡眠中のエイドクライマーに遭遇。次は5.11cのトラバースだ。2Pごとのリード交換とし、次は岡田リード。いまだ日は昇らず寒さの厳しい中、細かいカチを遠いムーブでつなげて行くが、行きつ戻りつしながら苦戦している。朝っぱらから吼えて核心を越えて行った。フォローでもリーチのいる一部分は、かなり際どいクライミングで唸ってしまった。続く5.10dを楽しく登り終えて、終了点まで続くメインのコーナーに入って佐藤とリードを交代。日光が壁を照らし始め暖かくなってきた。先ずは、前哨戦となる5.11d。が、スタートできない。冷静にホールド配置を見るとどうやら、普通にスタートするには相当なリーチが必要そうだ。身長172cmの私では、カチホールドにジャンプスタートで飛びつくしか方法がなかった。何度か逡巡した後、覚悟を決めて地ジャンスタート。サイドカチを捕らえて吼えた。その後の5手も悪く不確定なデットをギリギリ止めてやっとクラックへ。シンハンドのクラックは落ち着いてこなし5P目を辛くもOS。オンサイトできてホッとしたのもののコレで5.11dとなると、見上げる5.12dの次のピッチが思いやられた。段々と細くなっていくコーナークラックは一目で厳しいレイバックムーブと知れる。前半はひらすらレイバック。安定した大きめサイズからマスターカムの0番まで閉じてくる。レイバック体勢でカムを決める労力も相まって激しくパンプ。最後の5mはランナウトで押し切ってオフィズスに逃げ込んだと思ったら、これが不安定な浅いコーナー状になっていて今にも落ちそうだ。恐ろしいランナウト状態で悪い体勢を堪え、なんとかプロテクションを決める。ゼイゼイと荒い息を吐きながら拷問のような苦しいレストを続けた。「ここまで来たら絶対落ちたくない!」と後半はかなり警戒しながらレストを取りつつ進んでオンサイト!

6P目5.12dO.S


 ジャンボにリードを替わって威圧的なワイドコーナーハングの
7ピッチ目5.12aを安定した登りでこなした。オフフィンガーでパンプしながらフォローすると居心地のよいテラスに到着。ここからは最上部が見渡せる。ここまで7ピッチ、オンサイト継続中だ。少しずつ、ムーンライトバットレスのチームオンサイト※を意識してパーティーは、静かな緊張に包まれてきた。(※担当するリード役が全ピッチオンサイトすること。)連続2ピッチ目となる5.12aのピッチは露出間のあるフェースをカチ割った一直線クラック。キャメロット0.50.75番サイズだ。時々外れる足にドキドキしながらビレイし、ガンバコールが繰り返される。気合の入った登りで完登。「ジャンボやるなあ、アイツ」つい出た佐藤の一言を聞いて、次のピッチのリードを控える岡田はちょっと苦笑い。残すところ5.12b,12a,10c3ピッチ。5.12b,12aをリード担当する岡田が受ける重圧は半端でなくなってきていた。セカンドでフォローして役目をしっかりと果たしたジャンボと二人でチームオンサイトについて話した。「岡田さんに余計なプレッシャーがかからないように、この話は口に出さないでおこう」とコソコソと話したが、ここまで来たらこのビックルートのチームオンサイトを意識しない者などいないだろう。


非常に重要となる5.12bのピッチ。下部ピッチに続いて開放感あるフェースに走るオフフィンガーからシンハンドだが、傾斜は更に増していて手強そうだ。何度も足が切れる。その度に、ビレイ点から2人の大声援が飛びかった。こんなに集中して他人のリードを見守ることってあるだろうか。一際傾斜の強いセクションを終え、後半は途切れ途切れのクラックを繋ぎながら駆け引きのいるクライミングだ。余り良いプロテクションが得られず、ビレイヤーに「頼むわ」と言ってから岡田は進んでいった。彼は本当に頑張ったと思う。全ての力を注いだクライミングだったことが見る者に伝わってきた。素晴らしいクライミングで9ピッチ目をオンサイト。個人的にはここまでリード・フォロー共に一度もフォールしていないことから完全な形でこのルートを終えたい気持ちも高まっていた。フォローであっても集中し全力を持って臨んだ。疲労は隠しようのない物となってきており、このピッチは何度も吼えながらフォローするありさま。そして見上げる最後の5.12台のピッチ。これを登れば、後は5.10だから頂いたような物だが、フェースに幾つか走る斜めクラックとポケット状ホールドを使う、駆け引きが要求されるテクニカルな内容が見て取れる。絶対に失敗したくない今の状況でのリードは、精神的に非常に辛いだろう。リード役の岡田は勿論、チーム全体が凄まじい緊張感に包まれていた。祈る2人と、プレッシャーを一身に受けて立ち向かうクライマー。

クライマーとして最高の時間を過ごしたと思う。これこそチームで取り組むマルチピッチクライミングの本当の魅力だと感じた。一生で一度しかない素晴らしいルートへのオンサイトトライ。仲間と一丸となって取り組んだこの登攀を思い出すたびに胸が熱くなる。最終ピッチの5.10を極めて慎重に登り終え、3人ともニヤケタ顔で握手したり写真を撮ったりしてから歩いて下山する。心地良い興奮の余韻に浸りながら今日のクライミグを振り返った。そしてロッククライマーとしての短くない日々を振り返り、今までの積み重ねを感じ長い期間登り続け少しずつ成長してきたと思う。一方で、今年に入ってからこのツアーに向けて取り組んだマルチピッチトレーニングの成果でもあったと思う。インディアンクリークで、ボロボロになりながらも全力を振り絞ってトライしたクライミングもここに繋がったと感じた。こんな幸せな気分に浸ったのは久しぶりだ。
 素晴らしいルートと最高の仲間に感謝!

翌日はレストとし近くの図書館でマッタリしていると、ヨセミテがオープンすることが判明。インディアンクリークと同様、今回も別れは突然だ。テントを撤収し移動が始まった。