「コスモス5.13a 6P」と「自由登攀旅行5.13b 7P」
話に聞いていた不確かな記憶で「コスモス5.13a,200m」の取り付きにやってきたが見上げるハングには立派なクラックが走り、中間部でカムが必要そうだ。勘違いしてクイックドローしか持っていなかった私と岡田は、めずらしく取り付きでリードを譲り合った。比較的新しいこのルートのトポは、まだ世に出ていなかった。コスモスは、ほとんどが5.12台で核心は5.13a。奇麗なフェースに引かれた厳しいルートであるらしい。
1P目5.12aは、しぶしぶ佐藤がリードすることに。トラバース部分はアンダークリングとジャムの組み合わせで難しくは無いのだがカムが無いのでランナウトし、やたらと力が入る。パンプして抜け口へ来た所で耐え切れずにフォールした。ここからのスラフェースもテクニカルで悪く、最初から内容の濃いピッチである。先も長いので、このピッチのRPは後回しにして進む。マイルドな5.11aの2P目を登り、美しく威圧的な3P目を見上げた。格調高いこのピッチが核心の5.13aに違いないと意気込んで取り付く。80度の傾斜に微妙に配置された小さなカチやポケット。それらを指に食い込ませながら渾身の立ち込みを続けた。最高に集中した登りでこのピッチをオンサイトする。今までで一番良いオンサイトトライだった。岩の状態も最高で我々は勢いに乗っていた。続くテクニカルで持続した集中力が必要な5.12aと、ルートの鬼門となりうるスラブの5.12bもオンサイトしてしまう。5ピッチ目取り付きからは直上する強点にボルトが並んでいるが、途中でボルトが途切れているように見えた。きっとプロジェクトラインなのだろう。左のカンテを越えて行くラインも掃除されていてそちらは登れそうだ。少々緊張しながらこのピッチも無事登り終える。カムが無いのでビビリながらランナウトでクラックを越えて、印象的なダブルダイノを決めて大面岩の頂上台地へたどり着いた。取り付きに戻り暗闇の中、後回しにしていた最初のピッチをトライ。自ら招いた理不尽なランナウトも落ち着いてこなし、疲労と闇に包まれながら充実のクライミングで一日を締めくくった。初めてのトライでめでたくチームとしての完登を手に入れたと思ったのだが、なんと核心ピッチは5ピッチ目で、その5.13aを別ラインから登ってしまったことが判明。その後、コスモスの完登には3度のトライが必要であった。
左:コスモス1P目の倉上、右:コスモス3P 目5.12dを登る岡田
2度目のトライは初トライと同様、岡田とトライ。前回と別ピッチをそれぞれがリードしたのだが、主要ピッチで一撃を逃しまくり、核心ピッチにつく頃にはタイムリミット間近。5ピッチ目のオンサイトとフラッシュを2人して失敗し、無惨に敗退した。成果は、コスモスが素晴らしく厳しいルートであることを再認識できたことであった。
冬を越して訪れた3度目のトライは少々マニアックである。「Sky Rocket 5.13c 110m」を完登した勢いで午後からコスモスに取り付いた。パートナーは Sky Rocket がまともなマルチ初と言うボルダラーの倉上 慶大。やはりこの男、只のボルダラーではなかった。瑞牆最難級(当時)のSky Rocket に3日連続で付き合わされた挙げ句、継続にもついて来れるクライマーはそうはいない。3日目のクライミングで指先はズタボロ。足の圧痛は耐え難いほどであったが、貴重な今日という日を完全に充実したものにしたかった。ハードな午前中をこなして大面岩に移動する。
コスモス3P目。私はこのピッチがコスモスの核心ではないかと感じている。今の我々には厳しすぎる痛いエッジと小ポケットを耐え倉上君が良いオンサイトトライを試みたが惜しい所でフォール。指先は流血している。誘っておきながら言うのもなんだが、「こいつ良くこんな状態でやるなあ」と感心しながら、続く2トライ目を送り出す。呻きながら苦しさに打ち勝ち完登目前まで迫ったが終了点直前でホールドが欠けてフォール。彼もビレイした私も、しばし呆然としてしまった。あんなに、頑張ったのに。。。瑞牆マルチ初心者に対する手厳しい試練だった。
もう日が暮れる。今朝は4時から行動を開始し行動時間は15時間に達している。彼は、もう一度やると言う。既にコスモス全7Pの完登はないが、彼が納得するまで付き合おうと思った。
3トライ目。冷たい風に震えながら彼のトライを見守った。ヘッドライトに照らされるホールドを握り込む度に、鋭いエッジの感覚が私には伝わってきた。強烈に痛いはずだ。気合いのクライミングを続け雄叫びと共に倉上君は核心を越えて行った。久々に人のクライミングを見て感動した。コスモスの完登はお預けとなったが、「俺も頑張ろう」と自然に思わせてくれる良い夜であった。
自由登攀旅行1P目5.12a?
4度目のトライは2015年5月中旬。この手のルートを登るには暑過ぎるシーズンである。「自由登攀旅行5.13b」 と「コスモス」の継続を狙って朝2時半、駐車場を出発した。瑞牆最難マルチに部類されるルートを継続すると言う、わりと無茶な計画である。
薄暗い中、自由登攀旅行1ピッチ目を当然オンサイトするつもりで佐藤が登りだしたが、いきなりのフォール。5.12aとグレーディングされていたこのピッチは噂どおりの悪さでなんと2度目も失敗し、3度目でRP。継続するつもりで取り付いたクライマーとは思えないヘタレっぷりである。次からがメイン、ひとつ目の5.13bである。傾斜の無いスラブ面が見渡せていかにも登りにくそうだ。倉上君が取り付いた。核心部で数回フォールしたものの得意のスラブムーブを紐解いていく。中間部から上部は、掃除をしながら次のトライに備えていた。2トライ目は、核心が始まる手前で不意にフォール。大事な人差し指の腹から流血してしまったが、すぐさま3トライ目を出して微妙なバランスで小さなポケットをつなぎ核心を突破。見事RPした。
あっと言う間に時間は経ってしまい、日差しが岩を暖め始める時間帯になってしまった。2P目をフォローして、慌しく3P目に取り付いた。こちらも5.13b。全体傾斜は緩いが中間部の核心と思われる部分が立っており2P目よりもホールドは明確である。意気込んでのオンサイトトライだったが、現実は甘くなかった。核心部でフォールした後、幾度もハングドックをしながらムーブを探り、コケを掃除し汗だくになりながら終了点にたどり着く。疲労が全身を重く包み込んでいた。容赦なく日射は降り注ぎ、壁を温めている。
「フライパンの様になっちゃったなあ。こりゃ、ダメなんじゃないかな」と倉上君は思いながらも余計なことは言わずに私を待ってくれていた。
ボルダーやショートピッチであれば、完全回復を待って涼しくなる夕方に最後の本気トライをはじめるのが効率的だろう。今日は諦めて明日に賭けるのもいいかもしれない。しかし、我々はそういうクライミングをやりに夜中から行動開始したのではなかった。暑い時も、寒い時も。疲労していようが、眠かろうが。足が痛くて、指皮がなくなって流血していても。次のピッチが待っている。その次のピッチも。。。厳しいけれど、それもマルチピッチクライミングの魅力なのだと思う。
玉砕覚悟で、フライパンの3Pにトライした。ヌメル手は無視することに決めたけど、足が痛すぎて早くも1ピン目手前で動きがぎこちなく危うい。核心手前のランペで、落ちそうになりながら一旦クライミングシューズを脱いでレスト。気合を入れ直して突っ込んだ。弱気になりそうな自分を奮い立たせ核心を越えてからも、スラブのパートで2回程落ちかけながら、正にギリギリのRPを決めた。
難しかった1P目と同様の5.12aというグレーディングに警戒しながら、4P目を倉上君がリード。幾つものマントルを返し無事オンサイト。ニューモンタージュと合流する。5.11aのスラブと、最終ピッチのクラックをヘッドライトで登り詰めなんとか1本目を登り終えた。下山は22時。自由登攀旅行の完登だけで19時間以上かかってしまって、ボロボロである。継続など到底無理な話であった。2本目に予定していたコスモスは、翌日にトライすることに。
下山しながら、明日の出発を3時半と決める。
自由登攀旅行2P目 5.13bを登る倉上
2015年5月18日「コスモス完登」
夜半に目を覚まして後悔した。眠すぎる。
3時半。重い体を引きずってアプローチをゆっくり始めた。全身はバキバキで指皮も足も痛いが、涼しい取り付きに着いて大ハングを見上げると元気になってきた。大き目のシューズを履いて、登り始めると意外な程、順調に1P目を登り切った。やはり、早起きは最高だ。2週間前のトライと同様に2P目、3P目のリードは倉上君担当。前回夜間登攀で完登した彼は、3P目の5.12dを鮮やかに一発で再登。素晴らしい。この手のルートでは一回の失敗が、成否を分けがちだ。今の我々に余裕はない。続く、4P目も3P目同様、高度感いっぱいの大フェース。テクニカルなムーブが後半に用意されている。グレードは5.12aだが、去年の秋にリードを担当した際に失敗しており苦手意識が高くドキドキした。こういう時は、1トライ目の集中力に賭けるのが良い。前回から、ひと冬を越しただけなのに掃除が必要で所々でブラッシングしながらしぶとく完登。グレードに関わらず全力を尽くしてのRPは、クライマーを幸せにしてしまう。続く5P目5.12b。いつもなら鬼門のドスラブにビビッてしまう所だが、スラブなら任せておけと言う倉上君がサクサクと当然の様にOSしていく。頼りになる男だ。
いよいよ核心の5.13a。フェースに散らばるポケットホールドには見覚えがあって、それなりにRPの自信があったのに私の1トライ目は失敗。掃除とムーブ固めに終わる。取り付きに戻るとドッと疲れが押し寄せた。続いて倉上君のFLトライ。出だしのワイドクラックこそ時間がかかったが、テンポ良くポケットとカチを繋げて行って最後、核心のポケットを気合で取りに行く。見事にこのピッチをFL。仲間が良いクライミングをして嬉しいが、プレッシャーも高まった。このピッチだけは、私もRPしなければ気が済まず、倉上君に降りてきてもらって再トライ。恥ずかしながら1回目のトライでトリッキーなムーブを固めまくったこともあり、私もRPに漕ぎつける。もう色々な所が痛くて私は限界に近かった。続く、5.11bはグレード的に問題ないと油断しがちだが、侮ってはいけない。ビレイ点からブラインドになった最後のパートで倉上君の雄叫びを聞いて、秋のトライを思い出した。最後を飾るに相応しい印象的なダブルダイノが待っているのだ。
簡単な最終ピッチを登り終えると爽やかな風が吹きぬける頂上台地。大面岩の本当のピークに登れば十一面岩方面や瑞牆山頂が一望できる。瑞牆マルチ初心者の倉上君は岩だらけの瑞牆に感動しているようだ。ここから大岩壁を見渡せば瑞牆でこれから我々が目指すべきクライミングが自然と見えてくる。カンマンボロン、大面岩、十一面岩正面壁の高難度ルートの継続プランを倉上君に話ながら、のんびりと時間を過ごした。
やるべきことが沢山あることは、クライマーとして幸せなことである。また、トレーニングを積んでここに戻ってこようと思う。
コスモス3P目 5.12d
データ
2015年5月17日 (2:30~22:00)
「自由登攀旅行 225m」 チームフリーによる完登 第2登
1P 5.12a佐藤リード
2P 5.13b 倉上リード
3P 5.13b S
4P 5.12a K
5P 5.11a S
6P 5.10c S
2015年5月18日(3:30~17:30)
「コスモス 200m」 チームフリーによる完登 第2登
1P 5.12a S
2P 5.11a K
3P 5.12d K
4P 5.12a S
5P 5.12b K
6P 5.13a S,K
7P 5.11b K